「チロル会音楽部 〜ロック青春記」 第5話

        ギター小僧・末原くん

 

 末原君の家は音楽仲間の溜まり場になっていて、そこで音楽雑誌『ミュージック・ライフ』などを頼りに、音楽談義に花を咲かせたものだ。最初のころは、ポップ&ロックの知識をほとんど持っていなかったので、ほとんど受講生と化し、いろんな話を、ただ有り難く拝聴するだけの立場だった。

 当時のブリティッシュ・ロック界は、先ほどチラリと書いたとおり、スーパー・ギタリストが出現し始めた時期で、ギター小僧たちはさぞかし胸をときめかせたことだろう。末原君の憧れの的は、ギターの神様と言われた、クリームのギタリスト、エリック・クラプトン。何度となく彼の名前を聞かされ、そして“Wheels of Fire”(邦題「クリームの素晴らしき世界」)から「クロスロード」を何度も聴かされたものだ。

その心酔ぶりは相当なもので、とにかくクラプトンの存在は、単なる1人のギタリストという枠を超えて、人間としてあるべき理想の姿のように思っていたようだ。容姿が神々しいとか、名前の響きが良いとか、ライヴ・レコーディングで聞ける“Eric Clapton, Please!”というジャック・ブルースによるMCがカッコいい、などと可能な限りあらゆる角度から嬉々として語る姿が、昨日のように思い出される。

 

ただし、そういったロック・ヒーローたちの存在は、まだ遠い目標でしかなく、集まって練習する曲の中心は、初回練習時からの定番『駅馬車』やカルメン・マキの『時には母のない子のように』、そしてグループ・サウンズのナンバーであり、そこに、ビートルズの『イエスタデイ』、楽譜が出回っていたベンチャーズの1〜2曲が加わる程度だった。

1〜2年のころの自分を振り返ると、これといったキーボード・ヒーローも存在せず、従ってキーボーディストという意識も目覚めてはいなかった。その頃、イギリスでは、のちにエマーソン、レイク&パーマーでブレイクするキース・エマーソンが、ザ・ナイスを率いて、高度な演奏テクニックと派手なパフォーマンスで人気上昇中だったが、まだその存在には、気付いてもいなかった。チロル会用のコピー譜をせっせと書いたり、タイガースのセカンド・ヴォーカリスト加橋かつみの声に憧れ、それを真似て歌ったりと、音楽的にはまだまだ原始的混沌の真っ只中で、とろ〜〜んとしていた(笑) その頃の名残で、今でも、カラオケに行ったときなど、酔いが回り始めると、タイガースの『廃墟の鳩』や『花の首飾り』を真似て歌い、周囲の「似てる!」と、いう反応を引き出すことに全精力を注いでしまうのである(笑)

 

そのころ、よく末原君との間で、アドリブとはどうやるのかが話題となった。プレイヤーにとって、最も自分の存在をアピールできるのは、技巧的なソロをとる場面である。かつては、ヴォーカルの合間の「間奏」でしかなかった部分が、ジミ・ヘンドリックスや、クリームの登場で時間的に引き延ばされ、演奏時間の長さそのものが実力の証として賞賛の的となっていた。

 

ある日ある時、その憧れのアドリブを、二人で実験的に試みてみようということになったことがある。しかし、やりかたが全然わからない。それじゃあ、取り敢えずAマイナーだけで適当にやってみようということになった。使う音はコード・トーン、つまり、ラ・ド・ミの3つのみ。使用楽器は、セミ・アコースティック・ギターと電動オルガン。最低15分は続けるということを条件に、厳かに即興演奏が始まった。

イントロは電動オルガンで鍵盤中央から、ドラドミ〜、ミドミラ〜、ラミラド〜、と上行したのを覚えている(笑)。そこにギターのトレモロ・アームを利かしたシングル・トーンが絡む。その後は、ミドラ、ミドラ、ミミドラ、ミミドラ…、そんな感じで、ちょっと空虚、いや、かなり空虚だった(笑) 途中、ギターにトレモロを深くかけたり、コードを荒々しく掻き鳴らしたり、指をメチャクチャに動かしまくったり、オルガンのトーン・クラスター(音塊奏法)を使ったりして、あとは、どんなことをやっていたか、今となってはもう分からない。中学生のうぶな感性は、ちょっとしたことで、弾けるような歓喜の世界に入り込んでしまう。あとは、憧れの演奏時間15分突破を目指して、それなりにトリップしていった。

録音したテープを聴きながら、サイケデリックな出来栄えに満足。自己評価は、極端に高く、末原君は確か、

「クリームの演奏だと言っても、どうせ分からないよ」

と言ったと思う。

早速それを友だちの誰それに聴かせようということになり、自転車を漕いだ。その間、カセット・レコーダーを回転させっ放し。道行く人に、少しだけでも自慢の音を聴かせたい中学生くんたち。のどかな春だった。

 

その後、多少知恵が付いてくると、恥ずかしくなってこのテープを消去してしまったが、逆に、今こうして当時を思い出しながら書いていると、デタラメをやりながらも、それなりの面白さがあちこちに散らばっていたのかもしれない、などと思ったりもする。

 

(つづく)


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